北アイルランドは英国議会に議員を選出していたが、1921年から1972年まで、ストーモント政府がイギリスから実質上自立して地方行政を司っていた。政権はこの地域の多数派で、イギリスとの連合を望む人々を支持母体とするユニオニスト党が独占していた。分割時に北アイルランドの全人口の3分の1を占めていたナショナリスト派は、北アイルランド以外の人々と同じくアイルランドとの統合を望んでいた。しかし、地方政府に参加することができず、投票権、住宅、雇用など地域生活の様々な面で差別に苦しんできた。
1969年に市民権の獲得を目指して非暴力抗議運動が起きたが、ストーモント政権から強硬な弾圧を受け、その後しばらく政治的危機が続いた。やがてそれがきっかけとなって市民暴動が起こり、ユニオニスト地域とナショナリスト地域それぞれの準軍事組織による暴力行為が復活した。
このような不穏な情勢の中、北アイルランド地方議会および行政庁は1972年に停止され、英国政府が北アイルランドをあらゆる面で直接統治することになった。それ以来、1974年にサニングデール協定の下で権限を分担した地方行政機関が設けられたほんの短い期間を除いて、北アイルランドは1999年12月まで、英国政府閣僚である北アイルランド担当相によって直接統治された。
1999年12月2日、政権は英国議会から、1998年の聖金曜日協定(Good Friday Agreement)の規約に基づいて設立された、ナショナリスト・ユニオニスト双方の代表を含む北アイルランド議会と行政府に委譲された。 |